アキラのランド節

 9月25日金曜日の午後、桃山学院大学のカンタベリー・ホールに御来訪大歓迎!  [09/19/2009]


唐突に熱烈に真摯に宣伝させていただきます!

みなさま&桃山学院大学の学生さん&卒業生の方々&社会人聴講生のみなさま&桃山学院大学近辺にお住まいの方々&その他おおぜいの有意の方々、これから、すぐに、以下のURLをクリックさなってください!
http://www.andrew.ac.jp/i-center/forum/KOKUSAIforum.pdf

そうです!来る9月25日金曜日の午後2時から4時まで、桃山学院大学のカンタベリー・ホールで、「国際フォーラム」が開催されます。テーマは、「現代世界のJapanese Studies---世界から見た新しい日本・伝統の日本」です!

forum

この公開討論会は、桃山学院創立125周年&桃山学院大学開学50周年記念事業のひとつとして企画されました。討論者として、中国、韓国、ドイツ、アメリカ、トルコから有数の日本学者をお招きしました!日本からも、私の同僚の尊敬すべき、かつ美しい女性たちが、司会者やパネリストとして、参戦いたします。

無駄に学術的な、研究者の専門分野に傾いた討論ではなく、学生さんや一般視聴者の方々にとって面白い討論となるように、事前の準備怠りなく、討論者間のコミュニケーションも、前もって密にされています。絶対に退屈なわけのわからないものにはなりません。

入場無料です。国籍不問、星籍不問、年齢不問、性別性的嗜好不問、サドもマゾも大歓迎、前科もOK、年収不問、脱税者OK、アル中も薬中も買い物中毒も、酒井法子さんも、押尾学さんも、加齢臭も、不成仏霊も、動物霊も、自然霊も、生きとし生きるもの、半分死体も、どなたもみなさんOKです。

ご来訪の方々には、もれなく桃山学院大学の英字ロゴつきの高級大判タオルを進呈いたします!そんなもん、いらない?いや、いや、そうはおっしゃらずに。一枚のタオルを嗤うものは、いつかトイレの断水に悩まされる。って、意味がわかりませんが。

特に、桃山学院大学の学生さん、このフォーラムに出席なさったら、是非とも前の席に座って熱心に視聴している藤森を見つけたら、声をかけてください。あなたが、秋学期開講の私のクラスの受講生ならば・・・もれなく・・・きっと・・・・悪いようには、いたしません・・・ほんと・・・だから・・・・ほほほ・・・これ以上は、恥ずかしくて、ここで書けませんわ、いやですわ。

このフォーラムには直接には関与していない私が、なぜここで宣伝するかといえば、どうも酔生夢死の日本人の常なのか、桃山学院大学の気風のせいなのか知りませんが、これだけのフォーラムを企画しても、その企画から利益を得るに違いない聴衆集めの努力を協力してするという習慣がないのであります。「動員をかける」という集団主義的手法は、桃山学院大学の気風に馴染(なじ)みませんから、問題外です。

でも、聴衆が少ない講演会とかフォーラムって・・・士気が衰えますし、聴くほうも、広々とした空間に落ち着きません。やはり、聴いてくださる方々は多いほうがいいのですから、宣伝に努めたい。

「やるならば、本気でやろうよ!!自分が働いている場所でしょーが!本気でやらないと、面白くないんだぞ!」ということで、私にできることをしようと、今、しているというわけであります。

私は、リバータリアンですから、当然に個人主義者ですから、通常は、つるみません。集団に埋没することは全く私の生理にあいません。しかし、属する組織や集団が何事かをするときには、非力ながら、主観的には、頑張ってきましたし、頑張ります。

しかし、世の中には、自分が属する組織や集団に大いに依拠して寄生しているのに、実質的には、その組織や集団のためには何も貢献しないという人間が、少なくありません。税金の浪費にいそしむ無能な役人みたいな類の人間は、私企業にも、個別の家庭にも、そのへんの趣味の会あたりにも、存在します。

副島隆彦氏いわく、現代の大学の教授などは「坊主」といっしょだそうです。口ばかり達者で、何も生産せず、その学問は誰にも何にも貢献しない類の説教&お経のようなもんだそうです。御著書に、そう書いておられました。同感です。まあ、人文とか社会科学なんかだと、そう言われてもしかたないですよね。

じゃあ、牧師の大学教授とか、神父の大学教授とかいうのは、どうなるのか?坊主の二乗になるわけか。寄生虫ぶりも二乗になるわけか。うわ、なるほど。

そう、私も役にも立たない(髪にカチューシャした)尼さん。すみません。ラーメン。でも、悪いことしないから、もうちょっと生きさせといて、Let me be!

なにしろ、2008年の1月に、同じく桃山学院創立125周年&桃山学院大学開学50周年&国際教養学部設立記念事業として、映画監督の井筒和幸氏の講演会を開催したときも、聴衆集めは責任者の教員(私だ)に、ほぼ丸投げでしたからね〜〜井筒監督の人気と、社会人聴講生の方々の御尽力もあり、会場には期待でワクワクの聴衆の方々が集まり、講演会は大成功でした。

ほんと、ほんと、あの時は、よかった、よかった〜〜ですますわけには、いかないんだよ!そのとき、私は思いましたね。講演者の高名とかに依存し油断し安心することはできない、と。ちゃんと人集めの努力はしておかないといけない、と。

みなさま、どうぞ、9月25日金曜日の午後2時からの桃山学院大学主催の「国際フォーラム:現代世界のJapanese Studies---世界から見た新しい日本・伝統の日本」に、お越しください!!もれなく大判タオルが・・・

もうひとつ宣伝させていただきます。

同じく、桃山学院創立125周年&桃山学院大学開学50周年記念行事として、戦後日本初の政権交代成就の歴史的日曜日となった8月30日に、今回の国際フォーラムの会場であるカンタベリー・ホールにて、「出張!なんでも鑑定団 in和泉」の収録がなされました。そうです。人気TV番組『開運!なんでも鑑定団』の人気コーナーですね〜〜♪ 放映日は、9月29日です。9月最後の火曜日の午後8時54分からです!どうぞ、みなさま、ご覧ください!

と言っている私が視聴するのを忘れかねません・・・ついつい、アメリカの人気連続TVドラマのMad Menの第1シーズンのDVDを見てしまいかねません。

アメリカの連続TV番組の水準の高さには、ほんとうに感心ばかりしている私ですが、今回のMad Menには、とどめをさされましたね。いや・・・もう、その洗練度が凄い!金融危機関係ない。恐慌が来ても、アメリカ人(と、アメリカに集まる人々)のパフォーミング・アーツの水準の高さに揺らぎはない!

Mad Menは、単なるアクションとかスリラーとかオカルトとか、そういう類のドラマではありません。1960年代初頭のニューヨークの大手広告代理店のエリート社員たち(と、その家族)の出世競争と人間相関図を描いたものです。銃撃戦も派手なカーチェイスもなく、ややこしく荒唐無稽な展開もなく、ただただ登場人物の会話と風俗と慣習の描写により、1960年代の企業風土とアメリカの大都市とその郊外に生きる人々の人生を浮かび上がらせています。

第二次フェミニズム運動前夜の1960年代初頭のアメリカですから、女性の描き方も面白いです。女性の生き方は、ほんとうに変わったなあ〜〜と思います。こういう時代に女として生まれて育って成長して中年を迎えて、これから老年期に入る私は、幸せ。よほど、前世の行いが良かったのだわん。

アメリカ人という人間たちの夢や美意識や欲望を生々しく感じさせてくれたアメリカの小説は、私にとっては、アイン・ランドの『水源』が初めてでした。同じく、私にとって、このMad Menという連続TVドラマほどに、アメリカ人という人間たちの鬱屈や孤独や満たされない欲望や、出口なしの閉塞感や、いやったらしさ&すれっからしの様相を生々しく示してくれる映像作品はありませんでした。

この作品は、1960年代を舞台にしていますが、「なんで、アメリカ人は、こうなってしまったの・・・」という詠嘆が聞こえてくるような現代アメリカ人風刺ドラマであります。

また、Mad Men は、1950年代から1960年代にかけてのファッションがお好きな方には、たまらない作品です。グレース・ケリーとかのクール・ビューティが人気を博した時代ですね〜〜♪私は体重と体型と気質の関係から、この時代に流行したようなタイプの衣服やアクセサリーやハイヒールを身につけることは困難なのではありますが、この時代のスタイルは大好きです。女性が最も美しく優雅に上品に、かつセクシーに見えるファッションですね〜♪

このドラマの第1回のみに、アイン・ランドそっくりに造形されたロシア語なまりの英語を話すユダヤ系女性科学者が登場します。ドクター・ガットマン(マンガットだったか?)です。なんでか?

このドラマの製作者も脚本家も監督も、アイン・ランドの愛読者だからですよ!根拠?そんなものないです。ご覧になれば、わかります。アイン・ランドの匂いが画面から立ち上がってきます。私には、わかる。

主人公は30代半ばくらいの既婚で子どももふたりいる男性ですが、いわば、この主人公は、大会社と郊外の中流階級の家庭という牢獄の中に閉じこもって生きる「魂を眠らせたハワード・ローク」です。この主人公は、娘の誕生日パーティの最中に、バースデイ・ケーキをお店に取りにでかけたまま、深夜まで自宅に帰りませんでした。

この気持ちわかるなあ〜〜アメリカ人にとって一番嫌なストレスフルな季節というのは、親族家族が集まるクリスマスだと聞いたことがあります。Let me be alone!と心の中で叫んでいる、「幸福な家庭」のお父さんやお母さんは多いだろう〜〜

え?そんなこと心の中で叫んだことがないって?あなた、きっとアホです。キッパリ。

大の男が、チイチイパッパ、いくら愛する可愛い娘のためとはいえ、誕生日パーティの招待客たち(近隣の数ファミリー)としょうもない世間話なんかしていて面白いはずがない。空虚に決まっているよ、そりゃ。かといって、この主人公には、自宅以外に帰る場所はないのさ。

主人公の部下である、卑怯で幼稚で軽薄で虚栄心ばかりの若手社員ピート役の男優さんが、ピーター・キーティングを髣髴(ほうふつ)とさせる「蹴っ飛ばしたくなるほどに不快なうざったさ」を上手く演じています。地(じ)でやっているということはないよ。日本の俳優に比較すれば、アメリカの俳優の演技力はすごいから。

アメリカ帝国の衰退が見えるからといって、アメリカのことなら何でも馬鹿にするみたいな言説はみっともない。日本人が、いったい、どの国に向かって、どんなエラソーな顔ができるというのか?面白いTV番組ひとつ作れないくせに。

さてさて、ともかく、いよいよ、9月も下旬に入りました。

秋学期の開始前に、論文を書いておきたいということで、ここ数日の私は、追いつめられております。が、こういう状態は、嫌いなわけではありません。辛いから生きている気がします。

世の中の役に立ちそうもない論文なる書き物をでっち上げることにより、短期大学や大学と名のつく会社に就職して、論文を書くために読んだ書物の内容を「日常語」に変換して、学生さんたちに伝えることで、生活費と本代と住宅ローン代を稼ぐことができた、この23年あまり。私は、私の人生に不満はありません。ほんとに、ラッキーでした。

しかし、こういう余裕のない時期に限って、予期せぬ出来事が起きるものです。その出来事に対処した疲れのせいか、何かに集中し始めると、他のことが上の空になり、いつもはしないような失敗をしでかします。その失敗を取り繕うとして、また別の失敗をします。

どんな失敗かって?書くと長くなります。気が向いたら書きます。小さな失敗でも、自分にとっては意味が大きい失敗というものがあります。それは簡単に開陳できるものではありません。すぐにブログにダレダレと書けるようなことなんか、書く必要もないことであるとまでは言いませんが(って、そう言ってますね)。

こんなとき、若い頃は、無駄に苛々し、落ち込んだりしましたが、さすが56歳ともなると、受け止め方が違ってきます。「これは、私のせっかちな不注意さへの戒めだな。ともかく、何かの警告だ。この失敗は、もっと大きな失敗をしないために起きたんだ。これで、大難が小難になったんだ。こういう場合は、感謝しこそすれ、悪態ついちゃいけない。ましてや他人や物に八つ当たりなんかしちゃいけない。この失敗から徹底的に学ぼう!」と考えます。

何だって、自分に都合よく考えて、心を無駄に傷めないのが肝心です。私は、自分自身という資源しか持たないのだから、その資源を汚染させてなるものか。

あ〜〜くたびれる初秋ではありますが、Golden WeekならぬSilver Weekの連休なんか知るか、の週末ではありますが、ともかく淡々と処理してゆこう〜〜♪

何事も、嫌(いや)だと思わず淡々と、やればスルスルできるものなり(詠み人知らず)。

最後に、みなさま、もう一度アナウンスさせていただきます!9月25日金曜日に桃山学院大学にお越しください!!「国際フォーラム」を、よろしくお願いいたします!

本日の「ランド節」は、単なる、宣伝掲示板&雑談編でありました。こういう日もあるのだよ。