書評    Almost Monthly Book Review
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■2002年4・5月に読んだ本から

上野千鶴子
『サヨナラ、学校化社会』
太郎次郎社 2002.4 \1750


ノン・エリートとして現場で働き続けていれば、豊富な実例を目撃せざるをえないので、著者が指摘するように、日本の学校にうまく適応できる日本の秀才という人々に、頭の悪いのが多い、ということは骨身に沁みて知っている。教師に無能な人間が多いというのも、公然の秘密で皆知っている。まともな日本人は、学校教育にな〜んも期待せずに、みな自己教育してきたのだけどね。しかし、こうした、しょうもない日本の学校の勝者が日本のエスタブリッシュメントとなり、日本の進路を決めてきたので、だから日本はこうなった、さて、ところで今後どうしよう?と、ノン・エリートだからこそ頭をかかえる。生身の人間に翻弄され現場で苦労するのは、現実的な処理をするのは、ノン・エリートだからなあ。著者の歯切れのいい鋭い指摘と実践報告は十分に楽しめる。「子ども虐待」「東電OL」「お受験殺人」とかの事件分析も、なるほどと納得させられる。

ただ、なんとなくこの本、現場を知らない「東大教授」が気楽に書いたエッセイじみている。自慢話の羅列の感じもする。これからは、「消費」しての勉強をしなさい、投資だとは思わずに、勉強を楽しみなさい、と著者は言うのだよね。エリートだけでしょ?投資のための「お勉強」を素直にできるのは。私みたいなノン・エリートは、好きなことしか勉強できないんで、今更、こういうこと言われても・・・。また著者は、「ダメ連」みたいな組織を称賛するのだよね。「ダメ連」とか称してつるんで、自分たちの無能さを誇示してデモンストレーションするなんて、甘ったれてる。それで通用すると思っている、その裏返しのエリート意識が、今の日本の幼稚さだ。アホらしいので Book Offに売った。


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