書評    Almost Monthly Book Review
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■2002年11〜12月に読んだ本から

斉須政雄
『調理場という戦場』
朝日出版 2002.6 \1800


料理番組は好きだが、グルメ番組は嫌いだ。ふたつの料理を作って、競わせて、どちらを食べるか選ばせるなんて類の番組は、空恐ろしい。食べ物を気楽に粗末に扱っていると、罰があたるぞ。漫画『じゃりん子チエ』の猫の子鉄の台詞は偉大だった。「食べ物を腐らせることは、生き物が絶対にやってはいけないことだ!」私の家事の鉄則は、子鉄に教えてもらった・・・と言うわりには、冷蔵庫の中が混乱しているな。

本書の著者は、二三歳でフランスに渡り、六件の店の調理場で働き、そのうち一軒は共同経営者も勤めた。人種差別だ!才能があるのに雑用ばかり!などと愚痴らなかった。低い技術しかない人間は差別されて当然だから。弱くて無能な者が馬鹿にされるのは当たり前だから。そこで、人種差別と騒いでも始まらない。同じ土俵に立って、同じルールで勝負して勝つしかない。音楽と同じく、実力は国境を超える。

雑用を嫌がり、少し年取ると、自分に何かできるわけでもないのに、年下の人間を使うことしか考えない怠惰な奴が世間には多いものだが、著者は「雑用もやるからこそ力を宿す」のだから、料理長になっても雑用に手を抜かなかった。調理場の掃除など、それぞれの工程を大事にしてこそ、「いい料理」ができるのだから。また、一番おいしく調理して食べることこそが、食材への愛であり、「人間に食べられる境遇の生き物、植物」への礼儀であり、感謝の表現だから。おいしく食べる、全部大事に食べて生きる糧とするのは人間の義務だ。そうでなければ、他の生き物を食らって生きるしか能がない人間など、単なる「地球のお荷物」じゃないか。

著者は、フランスで自分の模範となるような人物に出会うような、稀なる幸福に恵まれながらも、日本人がフランスで働く限界を感じて日本に帰って自分の店を持った。フランスだもん。どうしようもない。アメリカならいざしらず、ヨーロッパって、特にフランスって、その人種差別エトスは国民の骨髄に徹している。アメリカ人みたいにリベラルなふりすらしない。ともあれ、こういう現実的な、奇麗事の嘘がない地に足の着いた体験談はいい。家事とか雑事とかができない人間は、何もできやしないよ!家庭科の副読本にするべきだ。


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