Anthem(1938)全訳
アイン・ランド作/藤森かよこ訳『アンセム』

第一章

こんなことを書くのは罪だ。他の誰も考えないようなことを考え、誰の目にふれることもない紙にそれを書いたりするなんて、罪だ。卑しく邪悪なことなのだ。これでは、まるで自分たち以外の誰の耳でもなく、自分たちだけに語りかけるようなものじゃないか。だから、我々にはよくわかる。ひとりで何事かをしたり、考えたりするほど汚れた罪はないということを。我々は、法をいっぱい犯した。法律は、こう定めている。<天職協議会(カウンシル)>が命じなければ、人はものなど書いてはいけないと。ああ、罪深い我々をお赦し下さい!

しかし、我々に科せられるべき罪は、これだけではない。我々は、もっと重大な罪を犯した。はるかに大きな罪だ。この罪をなんと呼ぼう。この罪には名前がない。もし、この犯罪が明るみになれば、どんな刑罰が我々を待っているのか、予測もつかない。なんとなれば、このような犯罪が人間の記憶に残ったことはないから。こんなことが我々の歴史になされたことはなかったから。その罪にふさわしい罰則も規定されていないぐらいなのだから。

ここは暗い。蝋燭(ろうそく)の炎はまだ燃えている。このトンネルの中で蠢(うごめく)く物は何もない。我々が紙に書き記す手の動き以外には。この地上にいるのは、我々だけ。こう書いてみると、これは実に恐ろしい言葉ではないか。孤独な言葉ではないか。法律は、こう定めている。人間は誰ひとりとして、ひとりでいてはいけないと。いつでも、どこでもひとりでいてはいけないと。ひとりでいること、孤独は大きな犯罪であり、すべての邪悪さの原因だから。しかし、我々は多くの法律を破ってしまった。今では、もう我々の身体以外には、ここには何もない。地面に伸びた二本の脚しか見えないというのは、奇妙な気持ちがするものだ。目の前の壁には我々の頭部の影が映っているのが見える。これも不思議な気分だ。

四方の壁にはひびが入り、水がその細い糸のようなひび割れにそって流れている。音もなく、黒く、血のように煌きながら。我々は、<街清めびとの館(ホーム)>の貯蔵庫から蝋燭を盗んだ。もし、このことが見つかったら、我々は<矯正監禁宮殿>に十年間収容されるという刑を宣告されるだろう。しかし、こんなことは問題ではない。明かりは貴重であるということだけが大事なこと。我々は、書くために明かりを浪費してはいけない。我々の犯した罪であるその仕事をするためには、そのためには明かりが必要なのだから。今、このとき、この仕事以外に重要なことなどない。我々の秘密、我々の邪悪さ、我々の貴重なる仕事、それ以外には。まだまだ、我々は、我々ひとりだけで書かなければならない。我々は、我々以外の誰の耳にも語りたくない。一度でいいから、我々自身にだけ語りたい。ああ、<大協議会>が、こんな我々を憐れんでくれますように!

我々の名前は、<平等七の二五二一号>だ。すべての人間が左の手首につけている鉄の腕輪には、このような文字と数字が記されている。その腕輪には各自の名前がついている。我々は二一歳。我々の身長は一八三センチ。これこそが、我々の重荷だ。身長が一八三センチある人間はそれほど多くはないから。今までも、たくさんの<教えびと>や<導きびと>の方々が我々を指差し、眉をしかめて、こう言ったものだ。「<平等七の二五二一号>、君たちの骨の中には邪悪がひそんでいる。君たちの骨が、君たちの兄弟の身体以上に成長するはめになるとはね」と。そう言われても、我々は自分の骨も身体も変えることはできないのに。

我々は、ある呪いをかけられて生まれた。その呪いはいつも我々を禁じられた様々な思いに駆り立てた。人間ならば望まないような様々な願いを、我々は心に抱くようになってしまった。我々は自覚している。確かに我々は邪悪だ。しかし、我々には、そんなつもりもないし、それに抵抗する力もない。これには我々も驚いているし、ひそかに恐れてもいるのだ。我々は自分たちの邪悪さを知っているのに、それに抗(あらが)うことができないということを。

我々は、ちゃんと努力はした。他の人々のように、我らが兄弟のようでありたいと努力した。<世界協議会宮殿>の門のところに、次のような言葉が大理石に刻まれている。我々は、心が誘われるといつでも、この言葉を自分たちに繰り返す。

「我々は、みんなでひとり、ひとりでみんな。
   偉大なる我々だけが存在し、他には誰もいない。
   分かつ事のできない永遠なるひとり」

我々は、この言葉を自身に何度も繰り返す。でも駄目なのだ。

これらの言葉は随分と昔に刻まれた。字が掘り込まれている溝には緑色のカビがびっしりはえている。大理石には黄色い筋がはいっている。つまり、この大理石は、人間では数えられないほどの古い時代に生成されたのだ。そして、これらの言葉は真理である。<世界協議会宮殿>の入り口に掲げられているのだから、真理である。<世界協議会>は、すべての真理の総体なのだから。<大復興>から、この言葉はずっとあった。誰ももう憶えていないくらいに古い時代から、この言葉はここに掲げられている。

しかし、<大復興>以前の時代については、我々は口に出してはいけない。決して口には出せない。さもないと、<矯正監禁宮殿>に三年間収容されるという刑を宣告される。<大復興>以前の時代について話すのは、<老いたる人々>だけだ。彼らは、<無用なるひとの館>で、夕暮れなどに、そんな話を小さな声でかわしあう。彼らは、不思議なことをいっぱい小さい声で話し合う。たとえば、<語られざる時代>にあった空にそびえるたくさんの塔の話。それから、馬に引かれることもなく動く馬車の話。炎も出さずに燃え上がる光の話。しかし、その頃の時代は邪悪だった。幾時代かが過ぎて、やっと人間は「偉大なる真理」を見出した。それが、これだ。つまり、すべての人間はひとつであり、すべての人間がともにいっしょに持つ意志以外の意志などない、ということ。

すべての人々は、人々全体は、善良で聡明なのだ。我々だけなのだ。<平等七の二五二一号>である我々だけが、呪いをかけられて生まれた。なぜならば、我々は他の兄弟たちとは違うから。我々の人生を振り返ってみる。そうすれば、それがわかる。ずっと前から、我々はこうだったと。じょじょに段階を経て、我々は今の状態になってしまった。我々は、とうとうこの最終的などうしようもないほどの最高の罪、ここ地下に隠された犯罪の中でも一番悪質な罪を犯すに至ってしまった。

五歳になるまで育った<幼きひとの館>を思い出す。同じ年に生まれた<都(シティ)>の子どもたちは、みないっしょにその館で生活した。そこの睡眠広間には、白くて清潔で、百の寝台以外には何もなかった。その頃はまだ、我々は他の兄弟たちと同じだった。とはいっても、ただひとつだけあの頃でも我々は罪を犯していた。我々は兄弟たちと喧嘩をした。どんな年齢にせよ、理由が何にせよ、兄弟と争うなど、これほどの汚い罪はない。<館協議会>は、我々にそう言った。あの年に生まれたすべての子どもたちの中で、我々は一番ひんぱんに独房に入れられたものだった。

我々が五歳になったとき、<学びびとの館>に送られた。そこには、一〇の監房があった。そこで我々は一〇年間学んだ。人間は、一五歳になるまで、学ばなければならない。その後に働きに行く。<学びびとの館>では、塔にある大きな鐘が鳴ると、我々は起床した。その鐘がまた鳴るとき、我々は就寝した。衣服を脱ぐ前に、我々は広大な睡眠広間に立ち、右腕を上げて、三人の<教えびと>を先頭にして、次の言葉をみなで声をそろえて唱えた。

「我々は無である。人類はすべてである。我々兄弟の恩寵により、我々は我々の人生を生きることを許されている。我々は、国家である兄弟をとおして、国家である兄弟によって、国家である兄弟のために存在する。アーメン」

それから、我々は眠りについた。睡眠広間は、白くて清潔で、百の寝台以外には何もなかった。

我々、<平等七の二五二一号>にとって、あの<学びびとの館>で過ごした日々は幸福なものではなかった。勉強が厳しすぎたからではない。学習内容があまりに簡単だったことが問題だった。こういう事態は、それ自体が大きな罪になる。俊敏すぎる頭脳を持って生まれることは大罪なのだ。我らが兄弟たちと違っているということは、良くないことなのだ。我らが兄弟に卓越することは、邪悪なことなのだ。<教えびと>たちが、そう言った。彼らは、背の高い我々を見上げながら顔をしかめた。

だから、我々は、自分たちにかけられている呪いに抵抗しようと闘った。我々は、学んだことをなんとか忘れようと努力した。でも、どうにも忘れられず、学んだ内容は頭に残ってしまう。<教えびと>たちが教えることを理解しないように努力もした。しかし、いつだって我々にはわかってしまった。<教えびと>たちがすべてを言う前に、もう学習内容は理解できてしまった。我々は、<団結五の三九九二号>を尊敬した。彼らは、顔色の悪い少年で、頭は鈍い。しかし、我々は、彼らが言うようなことを言い、するようなことをするよう努めてみた。彼らのごとくあるために。<団結五の三九九二号>のごとくあるために。しかし、我々は、彼らと同じではないということは、<教えびと>たちはよく認識していた。だから、我々は、他の子どもたちより、ひんぱんに鞭で打たれた。

<教えびと>たちは正しい。彼らは、<協議会>に任務を託された人々だから。<協議会>は、すべての正義の声そのものだ。<協議会>はすべての人間の声を代表しているのだから。たとえ、もし、時折、我々の心の奥の密かな闇の中で、一五歳の誕生日に我々を襲ったことを悔しく思うことがあるとしても。しかし、それも自業自得だ。我々は、それもよくわかっている。我々は、法を犯した。我々は、<教えびと>たちの言葉を心に留めることをしなかった。だから、しかたがない。<教えびと>たちは、我々みなに、こう言った。

「この<学びびとの館>を出た後に、君たちがしたい仕事を選ぶような不埒(ふらち)な真似をしてはいけない。<天職協議会>が、君たちに命じた仕事をすることになっている。なんとなれば、<天職協議会>は、偉大なる叡智により理解しているのである。君たちが、君たちの兄弟からどんな分野で必要とされているか、君たちの価値のないちっぽけな頭で考えつくよりはるかに的確に、知っている。もし、君たちが君たちの兄弟たちに必要とされないのならば、君たちはこの地球のお荷物である。そんなことに理はない。許されない」と。

我々は、このことについてはよくわかっていた。子ども時代にすでによくわかっていた。しかし、我々にかけられた呪いは、我々の意志を砕いた。確かに罪は我々にある。ここに、我々はそれを告白する。我々は、<何かをより好むという大きな罪>を犯した。我々には、他の仕事よりも好きな仕事があったし、他の科目よりも好きな科目というものがあった。<大復興>以降に立ち上げられた<協議会>の歴史には、我々は興味を感じなかった。だから、あまり熱心に歴史の講義には耳を傾けなかった。しかし、<事物の科学>という科目は非常に好きだった。我々は知りたかった。我々の周りの大地、地球を形成するあらゆることを知りたかった。我々は、あまりに多くの質問をしてしまったので、とうとう<教えびと>に質問を禁じられてしまった。

我々は思う。大空にも、海底にも、育つ草木の中にも、数々の謎が、神秘があると。しかし<学識びと協議会>は、こう言った。神秘など存在しないと。<学識びと協議会>は、森羅万象あらゆることを知っている。我々は、我らが<教えびと>たちから多くのことを学んだ。地球が平らなこと、太陽は地球の周りを回転していること、それが昼と夜を形成すること。いろいろな種類の風についても学んだ。海を吹き渡り、我らが偉大なる船の航海を押し進める風について。すべての病気は、瀉血(しゃけつ)すれば治せることも学んだ。

我々は、<事物の科学>という科目を愛していた。闇の中で、秘密の時間に、真夜中目覚めるとき、周りに兄弟たちがいないとき、いたとしても寝台で丸くなった兄弟たちの体の形しか見えず、彼らのいびきしか聞こえないとき、兄弟たちに見られたり、聞かれたり、感づかれたりしないように、我々は目を閉じて、唇を堅く閉じて、息をとめ思ったものだ。学業を終えて働きに行く時がきたら、願わくば<学識びとの館>に配属されたいものだと。

すべての偉大なる現代の発明は、この<学識びとの館>から生まれている。たとえば、蝋と紐から蝋燭を作るといった最新の発明とか。我々がこの技術を知ったのは、たったまだ百年前のことだ。ガラスの作り方もそうだ。おかげで、ガラスのはまった窓のおかげで、我々は雨をしのぐことができるようになった。これらのことを発見するために、<学識びと>たちは大地を調査し、川から砂から風から岩から学ばなければならなかった。もし、<学識びとの館>に行くことができれば、我々もそこから学ぶことができる。それらのことについて質問もできる。もう質問することを禁じられることもない。

我々の心にわきあがる様々な質問は、我々に休息を与えない。我々にはわからない。なぜ、かくもいつも絶えず、我々にかけられた呪いは、我々が知らないことを求めさせるのか?我々は、その衝動に抗(あらが)うことができない。それは我々にささやく。この地球には、偉大なものがあると。もし試みるのならば、それを知ることができるだろうと。また、我々はそれを知らなければならないと。我々は問う。なぜ、我々がそれを知らねばならないのか?しかし、答えは返ってこない。我々は知らなければならない。我々が知ってもいいのだということを、知らなければならない。

だからこそ、我々は<学識びとの館>に配属されたかった。それを願うあまりに、夜になると毛布の下で我々の両手は震えたものだ。自分の腕に懇願したものだ。我々では耐えられないような痛みを、もう起こさないでくれと。そんなことを願うのは、邪悪なことなのだから。朝になっても、我らが兄弟たちの顔にあわせる顔が我々にはなかった。なぜならば、自分自身のためには何も願ってはいけないのだから。そして、我々は罰せられた。<天職協議会>が我々の人生に<職務執行令状>を与えたときに、罰せられた。この令状は、一五歳に達した人間に、生涯従事することになる仕事が何であるかを宣告するものである。

<天職協議会>がやって来たのは、早春のある日だった。彼らは大きなホールで腰掛けていた。一五歳になった我々と、すべての<教えびと>たちが、その広いホールに入場した。<天職協議会>は、高い演壇に腰掛け、<学びびと>たち、ひとりひとりに声をかけるが、それも二言ぐらいだけである。彼らは、<学びびと>の名を呼ぶ。名を呼ばれた<学びびと>たちは、ひとりひとり一歩踏み出し、彼らの前に立つ。<天職協議会>が告げる。<匠(たくみ)びと>とか<薬師(くすし)びと>とか<料理びと>とか<導きびと>とか告げる。そのとき、<学びびと>たちは、右手を上げて、こう言うのだ。「我らが兄弟たちの意志は実行されん」と。

<天職協議会>に、<匠びと>とか<料理びと>と告げられた<学びびと>は、課せられた仕事に従事し、もはやそれ以上学校に通う必要はない。しかし、<天職協議会>に<導きびと>と告げられた<学びびと>は、<導きびとの館>に入ることになる。それは、<都>の中で一番大きな建物だ。なんと三階建てなのだ。そこで、彼らは何年も勉強することになる。<都協議会>や<国家協議会>や<世界協議会>の会員になるべく立候補し、選ばれるために・・・それも、すべての人間の自由で寛容なる投票により。でも、我々は、「導きびと」になりたいとは思わなかった。それがいかほどの名誉であろうと、なりたいとは思わなかった。我々がなりたいのは、「学識びと」だったから。

我々は、大きな広間で待っていた。やっと、<天職協議会>が、我々の名前を呼ぶのが聞こえた。<平等七の二五二一号>と。我々は、演壇まで進んでいった。脚が震えた。<天職協議会>を見上げた。その協議会員は五人で、そのうち三人が男で二人が女だった。協議会員の髪はみな白髪で、顔は乾いた川床のように皹(ひび)がはいっている。みな老人だ。<世界協議会殿堂>の大理石よりも長く生きてきたように見える。彼らと彼女たちは、我々の前に腰掛け、微動だにしない。彼らと彼女たちが呼吸するときに、身に着けている白いトーガの折り目がかすかに動いても不思議ではないのだが、そんな小さな身動きすら見せないほど、彼らと彼女たちは静止した姿勢のままでいた。でも、その協議会員たちはちゃんと生きている。それはわかる。なんとなれば、最長老の協議会員の指が上がり、我々を指差し、また下がったからだ。彼らと彼女たちが動いたのは、もしくは動いたように見えたのはこのときだけだった。最長老のメンバーの唇は全く動いていなかったのに、<街清めびと>と告げる声は我々の耳にはっきりと聞こえた。

我々は頭を上げた。<天職協議会>の会員たちの顔を見たとき、我々は首筋が強張るのを感じた。そのとき我々は幸福を感じた。我々は自分たちの罪深さを重々承知していた。だから、こう思ったのだ。これで我々は、その罪深さを償う方法を手にすることができると。これで<生涯職務執行令状>を受け容れることができると。我々は、我らが兄弟たちのために働くことができると。喜んで、心から進んで。我々は、兄弟たちに犯した罪を抹消することができるのだ。我らが兄弟たちは、我々の罪を知らない。しかし、我々自身は、その罪を自覚している。こう思ったからこそ、我々は幸福を感じることができた。自分自身を誇りに思った。罪深い自分自身に勝利をおさめることができることにも、誇りを感じた。我々は右手を高く上げて、言った。我々の声は、その日にその広間で発せられた誰の声よりも、明晰で確固としたものだった。我々は宣言した。

「我らが兄弟たちの意志は実行されん」と。

それから、我々は<天職協議会>の会員たちの目をまっすぐ見つめた。しかし、彼らと彼女たちの目は、冷たい青いガラス製のボタンのようだった。

こういうわけで、我々は<街清めびとの館>に入った。狭い通り沿いに建つ灰色の建物だ。そこの中庭には日時計があった。この日時計によって、その館の協議会は、時刻を知らせる鐘を鳴らすべき時を知る。鐘が鳴ると、我々は起床する。我々の寝室の窓から見ると、東の方にかけて空はまだ緑色で冷たい。日時計の陰が三〇分を示す間に、我々は着替えをし、食堂で朝食をすませる。食堂には、五台の長いテーブルがあり、それぞれのテーブルには、二〇の粘土でできた皿と二〇のこれまた粘土製の椀が置かれている。食事がすむと、箒(ほうき)と熊手を持って、我々は<都>のあちこちの街路に出かける。五時間が経過する頃には、太陽が空高く上がっているので、我々は<館>に昼食を取りに帰る。昼食には三〇分かけていい。それがすめば、また働きに出かける。また五時間が経過する。舗道に落ちる影が青くなる頃だ。その時間になると、空の色は、あからさまに明るく鮮やかというわけではない類(たぐい)の深い明るさを帯びた水色になっている。我々は夕食をとりに、また<館>に戻る。夕食時間は一時間だ。

それから、鐘が鳴る。我々は、<都会館>のひとつに向かって、まっすぐな行列を作って歩く。そこで親睦集会があるからだ。そこには様々な職種の館から、行列をなして人々が到着する。蝋燭がともされ、様々な職種の<協議会>が説教壇に立ち、我々の義務について、我らが兄弟たちについて語る。それから、来賓の<導きびと>が説教壇に上がり、その日に<都協議会>で作成されたいろいろな演説を読み上げる。なんとなれば、<都協議会>は、すべての人間の代表なのだから、そこで成されたことはすべて、誰もが知っていなければならないのだ。それが終われば、聖歌を歌う。「兄弟を讃える歌」だ。「平等を讃える歌」も歌う。「「集合的魂を讃える歌」も歌う。我々が<館>に戻る頃には、空は生気のない紫色になっている。<館>の鐘が鳴る。

<親睦活力回復娯楽活動>の三時間を過ごすために、我々は<都劇場>に向かって、またまっすぐに行列を作って歩く。そこでは、ある劇が上演されている。「演技びとの館」から派遣されたふたつの大きな演技者集団(コーラス)が出演している。彼らは、みないっしょに台詞を言い応答する。その応酬はふたつの大きな声になる。上演される劇のテーマは「苦役」であり、かつ苦役というものがいかに善なるものかを伝える。それが終われば、我々は<館>に帰る。またまっすぐに行列を作って歩いて帰る。空は、銀色の雨粒に刺し貫かれた黒いふるいのようだ。そのふるいは震え、今にも炸裂して雨粒を激しく落としそうだ。何匹かの蛾が街灯にぶつかる。我々は床につき、眠りに落ちる。早朝の鐘がまた鳴るまで眠る。睡眠広間は白くて清潔だ。百の寝台以外には何もない。

こんな具合に、我々は四年間の毎日を過ごした。我々が罪を犯したのは、ふたつの春が過ぎた頃だった。すべての人間は、四〇歳まで、我々のように生きる。四〇歳になると、人間は消耗され尽くす。四〇歳になると、人々は<無用なるひとたちの館>に送られる。そこで<老いたる人々>は暮らす。<老いたる人々>は働かない。国家が暮らしの面倒を見るからである。彼らは、夏には陽当たりのいいところに座り、冬には火のそばに座る。あまり、彼らは話したりしない。もう衰弱しているからだ。<老いたる人々>は、自分たちがまもなく死ぬことを知っている。奇跡がおきて、四五歳まで長生きする人々は、<古代びと>となる。子どもたちは<無用なるひとの館>のそばを通るとき、まじまじと彼らを見る。それが我々の人生だ。われらの兄弟もみな、こうやって生きる。我々の時代の前に生きた兄弟も、こうやって生きて死んでいった。

そう、確かに、こうやって生きるのが、我々の人生だったはずだ。もし、我々が罪を犯していなかったのならば、そうであるはずだった。しかし、我々が犯した罪は、我々のすべてを変えてしまった。我々をその罪に駆りたてたものこそ、我々の持つ呪いだ。我々は、良き<街清めびと>だったし、我らが兄弟たちの<街清めびと>たちと同じだった。ただ、物事を知りたいという願いを、呪われた願いを心に秘めているということ以外は、同じだった。我々は、夜になると星をあまりに長時間見つめていたし、木々も大地も見つめていた。<学識びとの館>の裏庭を清掃していたときなど、我々はガラスの小瓶や、金属の破片や、乾いた骨など集めた。みな<学識びと>たちが廃棄したものだ。我々は、それらをじっくり調べるために、これらの収拾物を保管しておきたかったのだが、隠すような場所がなかった。だから、それらを<都汚水槽>に運び込んだのだ。そのときだったのだ、我々があれを発見したのは。

おととしの春の日のことだった。我々<街清めびと>は、三人編成で働くことになっていた。だから、そのときの我々は、例のうすら馬鹿の<団結五の三九九二号>と<国際四の八八一八号>と組んでいた。<団結五の三九九二号>は、長じて今や病気がちの若者となり、ときどき激しい発作に襲われ、口から泡をふき、白目をむいて倒れたりする。しかし、<国際四の八八一八号>は違っていた。彼らは、長身の屈強な若者であり、瞳はホタルのように光る。彼らの瞳には笑いがあふれているので、よく光り輝く。かといって、我々は、<国際四の八八一八号>を見上げて、彼らに答えて微笑むことなどできはしない。彼らの瞳の中にあふれる笑いのせいで、彼らは、<学びびとの館>では好かれていなかった。理由もなく微笑むのは適切な行為ではない。彼らは、石炭のかけらを拾い上げて、壁に絵など描く。それがまた人々を大笑いさせるような絵だったので、そのことも彼らが、<学びびとの館>で好かれていない理由でもあった。絵を描くことが許されるのは、<芸術の館>の兄弟だけだ。だから、<国際四の八八一八号>は、我々と同じく<街清めびとの館>に配属されたのだ。

<国際四の八八一八号>と我々は友だちだ。これは、口に出してはいけない悪いことだ。なぜならば、これは犯罪なのだから。他の人間より誰かを愛することは、「何かをより好むという大きな罪」である。我々は、すべての人間を愛さなければならない。すべての人間は我々の友なのだから、そうであらねばいけない。だから、<国際四の八八一八号>と我々は、我々の友情について口に出したことは、いっさいない。しかし、我々は知っている。互いの目をじっと見れば、それはわかる。言葉に出さなくても、我々が互いを見るとき、我々は他のことも互いに了解できてしまう。言葉では表現できない不思議なことが、わかりあえてしまう。しかし、これらのことは、我々を震撼させもする。

そう、あれは、おととしの春の日だった。<都>のはずれで、<都劇場>の近くで、<団結五の三九九二号>が発作に襲われて倒れた。我々は、彼らを劇場の天幕の陰に横たえて休ませてから、作業をすませるために<国際四の八八一八号>と出かけた。劇場の裏手に谷間があり、我々はいっしょにそこまで来た。その谷間には、木々と雑草以外に、何もない。谷間の向こうには草原があり、草原の向こうには<未知の森>がある。その森については、人間は考えてはいけないことになっている。そういう人跡未踏の森がある。

我々は、風が劇場から吹き寄せた紙類やぼろの類を集めていた。そのとき、雑草の間に鉄の棒が一本あるのが目にはいった。古い、雨にさびついた棒だ。我々は、力をこめて引っ張ったが、その棒はびくとも動かなかった。だから、我々は、<国際四の八八一八号>を呼んで、いっしょに鉄の棒の周りの土をこすり取った。突然、地面が我々の目前で裂けた。古い鉄の格子が黒い穴を覆っていたのが、見えた。

<国際四の八八一八号>は後ずさりした。しかし、我々はその鉄格子を引っ張り、はずした。鉄のらせんが見えた。それは、底も知れない闇の奥に向かう縦坑を降りていく階段だった。

「降りてみる」と、我々は<国際四の八八一八号>に言った。

「禁じられている」と、<国際四の八八一八号>は答えた。

我々は言った。「<協議会>はこの孔(あな)のことなど知らない。だから、禁じることもできない」

彼らは答えた。「<協議会>は、この孔のことを知らないのだから、ここに入っていいという法律を作ることなどできない。法律で許可されていないことはすべて、禁じられている」と。

しかし、我々は言った。「行く。ともかく行ってみる」と。

彼らは怯えていた。それでも、そばに立って、我々が降りていくのを見守っていた。

我々は、鉄のらせんに手足をつかってぶら下がった。下には何も見えない。頭上には、さっき我々が入り込んだ穴が見え、そこから空が見えるが、その空の穴がだんだん小さくなっていった。その空の穴の大きさが、とうとうボタンのサイズぐらいになっても、我々はさらに下に降りていった。それから、やっと足が地面についた。周囲が見えないので、目をこすった。地下をだんだんと降りてきたので、目は闇になれていたのだが、それでも我々は自分たちが目にしたものが信じられなかった。

我々が学び知っているような人間という存在が、このような場所を建設できたはずがない。我々の先人たる兄弟が建設できたとも思えない。しかし、ともかく、それは確かに人間の手によって作られたものだった。それは大きなトンネルだった。壁は強固で、触ると滑らかだ。石のような感じだが、石ではない。地面の上には、鉄製の長い薄い路(トラック)ができていたが、それは鉄ではなかった。ガラスのように滑らかで冷たい。我々は跪(ひざまず)いた。匍匐前進(ほふくぜんしん)した。我々の手は、その鉄の線を手探りで進み、その路がどこに行くのか見定めようとした。しかし、我々の前に広がる夜のような闇が明けることはない。闇の中に、その鉄の路だけが輝いている。そのまっすぐの白い路がついて来いと、我々に呼びかけていた。しかし、それ以上は行くことができなかった。背後から我々を照らしていたわずかな光が届かなくなりつつあったから。だから我々は来た路を戻った。また鉄の線を手探りしながら。なぜかわけもなく、胸の鼓動が激しくなり、指先まで響くように感じられた。そのとき、我々はわかった。

唐突にわかった。ここは、<語られざる時代>の遺跡なのだと。あれは、本当だったのだ。そういう時代があったというのは。驚嘆すべきあの時代は、真実だったのだ。何百年も何百年も前の人間たちは、我々が喪失してしまった数々の秘密を知っていたのだ。だから、我々は思った。「ここは、汚れた場所なんだ。ここにあるものは<語られざる時代>のものに触れているのだから、呪われているんだ」と。しかし、その鉄の路をたどり、這って進みながら、我々の手は、そこから離れられないかのように、その鉄にすがりつく。まるで手の肌が乾くので、その金属の奥からその冷たさの中で鼓動を響かせるなにか秘密の流動体を乞い求めるかのように、我々の手はその鉄にすがりつくのだ。

我々は、やっと地上に出た。<国際四の八八一八号>は我々を見て、後ずさりした。

彼らは言った。「<平等七の二五二一号>、顔色が白い。青白いなんてものじゃない」と。

そう告げられても、我々は口もきけなかった。彼らを黙って見上げるだけだった。

彼らは、我々に触れたらとんでもないことが起きるのを恐れているかのように、また後ずさりした。微笑んではいるのだが、陽気な微笑ではなかった。茫然自失して懇願しているようでもあった。しかし、それでも我々は口がきけなかった。それから、やっと彼らは言った。

「<都協議会>に我々の発見を報告しよう。我々はどちらも報償される」

やっと、我々は口がきけた。我々の声は硬く、容赦のないものだった。我々はこう言ったのだ。

「<都協議会>に我々の発見を報告しない。誰にも、このことは知らせない」と。

彼らは両手を耳まであげた。こんな言葉を、彼らは耳にしたことがなかったから。

我々は訊ねた。「<国際四の八八一八号>、君たちは協議会に我々のことを報告する?君たちの目前で、我々が鞭打たれるのを見る?」

彼らは急に体をまっすぐさせて、答えた。

「そんなはめになるなら、死んだほうがましだ」

我々は答えた。「ならば、黙っていて。この場所は我々のものだ。この場所は、我々<平等七の二五二一号>の所有するものだ。この地上のほかの誰のものでもない。ここをあきらめるとしたら、我々の人生をあきらめることになる」と。

そのとき、我々は見た。<国際四の八八一八号>の目が目蓋(まぶた)まで涙がいっぱい溢れていることを。しかもその涙をこぼさないように耐えていることを。彼らは小さな声で何か言ったが、声が震えているので、なんと言ったか定かではなかった。

「<協議会>の意志は何ものにも勝る。それは、我らが兄弟の意志だからだ。それは聖なるものだ。でも、君たちがそれを望むのならば、我々は君たちに従う。我らがすべての兄弟に善であるよりも、君たちとともに邪悪でいることを選ぶ。<協議会>が、我々の思いをご容赦下さいますように!」

それから、我々はそこからいっしょに離れて、<街清めびとの館>に向かって歩いた。我々は黙って歩いた。

このようなわけで、毎晩が次のように過ぎていくことになった。星が高く空に上がり、<街清めびと>たちが、みな<都劇場>の座席に座るとき、我々<平等七の二五二一号>は、こっそり劇場から抜け出し、夜の闇の中を、我々の場所に向かって走る。劇場を抜けるのは簡単だ。蝋燭が吹き消されて、<演技びと>たちが舞台に登場すれば、我々が座席の下や天幕の布の下をはっても、誰も気がつかない。あとで、兄弟たちの行列が劇場を退出するときに、影を縫って戻ってきて、<国際四の八八一八号>の隣の列にすべりこむのも簡単だ。通りは暗いし、あたりには人影もない。夜の街路を歩くような使命でもなければ、<都>を歩き回ってはいけないので、人通りはないのだ。毎晩、我々はあの谷間に向かって走り、そこに到着すると石を取り除く。人々の目から、あの鉄の格子蓋を隠すために、我々がそこに積み重ねておく石を取り除く。毎晩三時間、我々は地下で過ごす。

我々は、<街清めびとの館>から蝋燭を何本か盗んだ。火打石とナイフと紙も盗んだ。みな、この場所に持ってきた。<学識びとの館>からは、ガラス製の小瓶と火薬と酸を盗んだ。さて、我々は毎晩三時間、ここに、トンネルに座り込んで、研究している。奇妙な金属を溶かし、酸を混ぜ、<都汚水槽>で見つけた動物の死体を切開する。街路で拾い集めた煉瓦でかまどを造っておいた。だから、谷間で見つけた木を燃やすことができる。火がかまどでチラチラと燃える。青い影が壁に映り踊る。我々の邪魔をするような物音は聞こえない。我々以外に誰も、そこにはいない。

我々は<写本>を盗んだ。これは大罪だ。<写本>は貴重品だ。<書記の館>の兄弟たちが、一年もかけて一冊の手書きの書物を、きれいな筆跡で写したのだから。<写本>は、めったに目にすることはできない。いつもは、「学識びとの館」に保管されているからだ。我々は地下に座り、盗んできた写本を読む。何冊もの写本を読む。我々がこの場所を発見してから、はや二年が過ぎた。この二年間で、我々は、<学びびとの館>での一〇年間に学んだことより、はるかに多くのことを学んだ。

写本に書かれていないようなことも、我々は学んだ。「学識びと」が知らないような秘密も、我々は知った。未だ探検されざるものが、いかに偉大なものであるか、だんだん我々は理解するようになった。何度生まれ変わり何度人生を重ねても、我々の未知なるものへの探求に終わりはない。しかし、我々が望んだのは、我々の探求が終わること、そのものではない。我々は、我々だけの時間と場所を得て、学ぶこと以外何も欲しいものはない。日ごとに、我々の眼が鷹のそれより鋭くなり、水晶の塊よりも明晰になること以外に、望むことはない。

奇妙なのは、邪悪のありようだ。我々は、兄弟に対してあからさまに嘘をついている。我々は、数々ある我らが<協議会>の意志を無視している。この地上を歩く何千もの人々の中で、我々だけが、この時間に我々だけが、それをしたいという理由以外は何の目的もない作業をしている。我々の罪が邪悪なのは、物事を探り出そうとする人間的頭脳を我々が持っているからではない。もし、今、我々がしていることが発見されたら、我々は罰を受けるが、その罰は、あれこれいろいろ考える人間的心を我々が持っているからではない。我々の罪が邪悪なのは、<古代びとの中でも最古の人々>の記憶のなかにもついぞないことを我々がしているからだ。今、我々がしていることは、人間が決してしたことがないことなのだ。だから、我々のしていることは邪悪なのだ。

しかし、そうなのではあるが、我々は恥辱を感じられない。後悔も感じない。我々は自らに言う。我々は見下げ果てた人間だ、反逆者だと。しかし、我々の魂が感じるべき重荷を、我々はいっこうに感じない。恐怖心もない。我々の魂は、湖のように澄み切っている。太陽の瞳以外の何の目にも煩わされない湖のように。我々の心は、我々が生きてきた二〇年の歳月の中で、初めての平安を感じている。そう、だから奇妙なのだ。これが邪悪さのありようなのか。これは実に奇妙なことではないか!