Ayn Rand Says(アイン・ランド語録)

第5回 近代は未完のプロジェクト  [07/20/2008]


The only valuable assistance that Western men could, in fact, offer to undeveloped countries is to enlighten them on the nature of capitalism and help them to establish it. But this would clash with the native’s “cultural traditions”; industrialization cannot be grafted onto superstitious irrationality; the choice is either-or. Besides, it is a knowledge which the West itself has lost; and it is the specific element which the encyclical damns. (“Requiem for Man” in Capitalism : the Unknown Ideal)

(実際のところ、西洋人が未開発国に提供できる価値ある援助というのは、彼の地の人々に、資本主義の本質を啓蒙し、そこの人々が資本主義を確立できるように手助けすることだけである。とはいえ、こういう行為は、そこの土着の人々の「文化的伝統」なるものと衝突することだろう。産業化というものは、迷信深い非合理性に接木できるものではないのだ。選択肢はひとつしかない。資本主義か、あるいは、迷信に満ちた非合理性か。なにしろ、西洋自身がすでに喪失してしまっている知識なのだから、資本主義というものは。ローマ法王が出した通達が呪っているのは、この資本主義ではなく、資本主義もどきの特殊な要素なのだけれども)

★この文章は、ローマ法王が1967年に世界の全司教に出した通達、いわゆる「回勅」が、資本主義について批判していることについて、書いたものです。ランドは、理想的な政治経済システムは自由放任資本主義だと考えました。

なぜならば、ランドにとって、資本主義は、人間が犠牲者と搾取者でなく,主人と奴隷ではなく,相互利益のための自由で自発的な交換によって,交易者(trader)として,取り引きするシステムだからです。物理的強制力に訴えることによって他人から価値あるものを奪うことを犯罪とするシステムだからです。ランドは、美徳としての資本主義の提唱者でした。ランドは、カトリック教会は資本主義の本質に無知だと考えました。法王が問題にし嘆くような現象は、資本主義体制から生まれるのではなく、資本主義が足りないから生まれるというのが、ランドの見解です。

★アイン・ランドはネオコンとごっちゃにされたり、新自由主義の元凶扱いされたりしますし、グローバリズムという一種の帝国主義に与するものと思われたりしています。「世界政府樹立&人類家畜化」をもくろむ「ユダヤの陰謀」の片棒をかついでいると書いている人もいます。ランドの作品もエッセイも読まずに、ランド批判する人間の知的不誠実と思考停止にはうんざりします。

西洋近代がたどり着いた認識は、西洋近代を生んだ条件が実現されない土地に伝播されると、変容して歪むということを知っていたランドが、グローバリズムの手先などということは考えられません。グローバリゼイションは進行しても、世界が均質で同質になどなるはずありません。本家本元の西洋においてでさえ、「資本主義」は未完のプロジェクトだと、ランドは考えていました。しかし・・・このような資本主義は、資本主義と言えるのか?あまりにも原理的で根源的資本主義観です。これは、ほとんど「ヒューマニズム」でしょう。ならば、十分に実現されるはずがない。「ヒューマニズム」は、いつだって足りないでしょうから。