雑文

アメリカで、アイン・ランド研究を反対されたけれど、でも私はやるんだの記(3)


私が、それまで感じていた重荷のかなりの部分は、一種の「救世主コンプレックス」から生じたものらしい。ここからは、一層極個人的な話。私には、悪い癖がある。人に入り込みすぎるというか、する必要もないサーヴィスして、疲れてしまうというところ。この癖は、私の根深い依存心の裏返し。私自身は、独立独歩にやってきたつもりでも、自分が抑圧している依存する心が、他人に投影されて、ついその他人を過剰に手助けしてしまう。要するに、甘やかしてしまう。で、甘やかされたほうは、もっと私に依存して私の重荷になる。私は次第にその重荷を「重い!」と感じて振り捨てたくなる。で、捨てる。ただし、相手は女に限る。女相手に限り、この傾向が出る。セールスでも女性だと甘くなって、買ってしまったりする。女性には強く出ることができない。女性にはつい譲ってしまう。結果として、女性に利用されること、女性に裏切られることが多かった。まともな対等な関係が、女性と結べないという傾向は、母親の顔色を見ながら育ったせいなのか、母親への不安が女性一般への恐怖となったのか、よくわからない。女性に対する評価の基準が低すぎて、女性に甘くなるのは、未熟なかわいそうな母親(能力的には精神薄弱者と健常者の間のグレー・ゾーンにいたね。ところが、外見は可愛くて上品で頭も良いように見える。それがまた悲喜劇の元)に、それなりの未熟な心=頭でも、不器用ながらも、せいいっぱい見当違いに大事に育てられた思い出への愛惜のせいか。まあ、そんなところだろう。甘えるべき頃に、甘えられなかったのかもなあ。今でもグラマーな女性、おっぱいが豊かな女優が好きなのは、母性渇望なのかなあ。母の体が弱くて、私は母乳で育ってない。まあ、いまさら粉ミルクでも母乳でも、どっちでもいいけどさ。

ともかく、だから、私の女性との人間関係は、母との関係を始めとして、最初はいいが、最終的にはうまくいかないことが多かった。私のほうから、面倒くさくなって、関係を断絶してしまう。こういう気質は、女子短大や女子大の教師だと、けっこう便利だったりする。結婚願望、「玉の輿」願望ばかりがやたら強い甘ったれた女の子たちにも、抵抗なく接することができるから。最初から期待値が低いから、腹も立たないのだろう。私は「若い娘に嫉妬深い底意地悪い女教師」になりたくても、なれないのだ、金輪際。

反対に、男性には厳しかったのは、これは、父親が日本の男には珍しく男らしい潔い人で、ついでに美男子だったから。最初から男には期待値が高い。だから、ふつうの男性たちを、「なんで、こんなに馬鹿で甘ったれているのか?こんな馬鹿で不細工な男の女房やれる女がいるのか?物好きなボランティアはどこでもいるもんだな。」という冷たい視線で眺めてしまう。つい意地悪くまじまじと眺めてしまう。おかげで、生まれて初めて試みた見合い(早稲田の政経学部首席卒業ドイツ留学帰りだとかで)では「コワイ」という理由で、見合いの翌日に断られた(大学受験以来、どうも早稲田とは相性が悪い)。しかも、入った業界が、プライドばかり高いくせに、無自覚な寄生虫根性丸出しの「男のおばさん」の巣窟。つまり、怖い父親以上に怖い男には出会わない場所。だから若い頃は、失礼千万、傍若無人の傾向があった。申し訳ない。

告白すると、家族に迷惑かけながら、けち臭いわがまま言いながら、延々と生きている男の老人を見ると、「凡人が長生きしてもしかたないよ。俺は65歳ぐらいまで生きれば十分だ。」と40代の頃から言って、ほんとに65歳の早春に癌で逝ってしまった亡父とつい比較してしまう。「駄目無能男ほど無為に長生きするもんだな」と。男の寄生虫には、かくのごとく、やたら冷酷なのだ、私は。女にだけ発揮される私の「救世主コンプレックス」は、男には発揮されないのだった。若い頃から、私はもてたためしがないが、やはりね。