雑文

アイン・ランドのお墓探訪の記(3)


しかし、2001年8月26日の午後は、よく晴れて気温も高かった。炎天下を20分歩くのは、そう楽でもなかった。池から出てきたあひるどもが、ギャアギャア道を歩いて邪魔してくれる。怖い。私は鳥が嫌いなのだ。ヒッチコックの『鳥』は、最高に怖い。しかし、アメリカは何でも広いけれども、墓地も広い。広すぎる。とんでもなく広い。見渡す限り、墓地である。宗派関係なしのノン・セクトの大霊園である。ニューヨーク郊外だけあって、墓石に刻まれた名前は、ユダヤ系風や中国系風が多い。墓は大小さまざま、形もさまざま。高々と建立されているものもあれば、地面に水平に埋め込まれているのもある。日曜日の昼下がりのことゆえ、家族連れで墓参りに来たらしい一行が墓地の芝生にシート広げて、ピクニックをしている。アメリカの霊園では、珍しくない光景だ。ロス・アンジェルス郊外の某霊園は、ロス・アンジェルス市がすっぽりおさまる広大さなので、子供や犬が走り回り、どう見ても大きな公園だったっけ。その大公園風大霊園の中の教会で、昔の教え子が結婚式をあげたから行ったことがあったのだ。それはさておき、ともかく親しい人々の墓のそばで、お弁当を広げるなんていいではないか。故人の好物など作っていきたいではないか。あれだけ広くて、緑豊かで安全ならば、ピクニックする気にもなるなあ。大霊園で麻薬の取引や売春や、強盗はしないだろうしなあ。

地図によると、そろそろランドの墓のあたり、と思うのだが、なかなか見つからない。管理事務所がくれた地図はえらく大雑把なものです。道は間違えようがないくらい単純な道筋なのだが、広くてつかみ所がない。ひたすら「かえでの木」を探す。ランドの女弟子では一番だったバーバラ・ブランデンが、ランドの死後に出したPassion of Ayn Rand(テレビ映画化されてビデオになっている。アマゾンで買える)には、ランド夫妻の墓は、"to the left of Dorsey, under a maple tree"にあると書かれてあった。私には、この「ドースィー」というのがわからない。道の名前か?でも、そんな名の道など見つからない。かえでの木はいっぱいあるしなあ。こうなったら、日が暮れるまでは探してみようと覚悟を決めて、方向を変えて歩き出して、ふと脇を見たら、向こうの小さな丘に見たことのあるような形の墓石があるのが目に入った。ヴァルハラに来る前に、パソコンで有名人の墓場検索サイトを調べておいたので、ランドの墓の形は知っていた。たまたま墓の写真が8月10日にUPされていて、よかった。よかった。これも何かのご縁でしょうか。急いで、その墓石に近寄っていったら、はたしてそれがランド夫妻の墓だった!あまり高くはないが枝葉を水平に豊かに広げたかえでの木の下に、その緑の葉がしたたるような場所に、意外と小さな、まったく仰々しくない、しかし印象的な墓石があった。いや〜〜嬉しかったです!!

で、さっそく持ってきたミネラルウオーターをかけて、持ってきたタオルで墓石を拭く。鳥の糞や枯葉のこびりついたものを、そぎ落とす。管理が行き届いているのか、ひどい汚れはない。もちろん、寂れた風情もない。すっきりと明るい一角だ。ざっときれいにしてから、残りの水を墓石にかけて、花束を置く。この作業の間も作業が終わった後も、私は、ぶちぶちと、英語で墓石に話しかけていた。「私は、日本から来たこういう者で、あなたの作品が・・・・」というような内容。私はこの作家のことをするためにアメリカ文学研究の真似事をしてきたんだ、今まではみな大いなる助走だったんだと思うと、涙が流れてきた。汗か涙かわからなかったけれども。その後は「日本人でランドの墓参りした人間は私が第一号かなあ。だと、いいなあ。私一番になったことないもんなあ。ランドは日露戦争のことで日本人嫌いかもなあ。私が読んだ限りでは、日本のこと、どこにも言及してないなあ。関心あるわけないよなあ。だいたいが欧米以外には関心がない人だしなあ。まあ、それも見識だよなあ。アジアなんてしかたないもんなあ。」などと、膝をかかえてすわりこみながら、つらつら考えていた。濃密なる充実したひととき。

すると、少し離れたところから、夫の声が聞こえた。「あれえ〜〜!!そうかあ!トミー・ドースィーのことだったんだ!」と大きな声で言っている。「なんだ、なんだ?」と近寄っていくと、大きな墓石があり、そこにトランペットが彫り付けられていて、Thomas Dorseyとある。この人物は有名な音楽家で、特に1950年代頃にフル・バンド率いて活躍したんだそうで、夫もCD持っているそうである。つまり、バーバラ・ブランデンが書いていた"to the left of Dorsey"というのは、アメリカでは超有名な音楽家の墓の左に位置している、ということだったのだ。アメリカ人には、Dorseyだけで、それが誰のことなのか、すぐわかるらしいのだ。少なくとも、ランドよりは有名みたい。