Anthem(1938)全訳
アイン・ランド作/藤森かよこ訳『アンセム』

第五章

我々はやった。我々はそれを創造した。暗黒のような幾時代かを経て、やっと我々は、それを実現させた。我々だけで。我々の力だけで。我々の手と頭脳だけで。我々だけで、我々ひとりだけで。

我々は、自分たちが何を言っているか、わかっている。頭が、ぐるぐる回っている。我々は、自分たちが作った明かりを見上げる。今夜は我々が何を口に出しても、赦されるだろう・・・

今夜、数え切れないほどの時間と実験の末に、とうとう我々は、<語られざる時代>が残した様々な物から、ある不思議なものを作り上げる作業を終えた。かつて我々が達成したことがないほどの強力な空の力を生むために考案されたガラスの箱だ。この箱に我々の針金を入れて、その流れを閉じ込めたとき、針金が輝いたのだ!その針金の線に命が宿り、赤くなり、光の輪が我々の目の前にある石の上に浮かんだ。

我々は立ち、頭を両手でかかえた。我々は、自分たちが創造したものが何であるのか見当がつかなかった。我々は火打石に触れたわけではないのに。火を作ったわけではなかったのに。なのに、ここに光がある。どこからも照らされていないのに、光がある。金属の中心から生まれる光がある。

我々は、蝋燭を吹き消す。闇が我々を飲み込む。我々の周りに残されているものは何もない。夜の闇と、牢獄の壁に走るひびのような、光る細い糸の形をした炎以外には何もない。我々は、手をその針金に伸ばす。赤い輝きに照らされた自分たちの指を見つめる。我々は自分たちの体も見ることはできなかったし、感じることすらできなかった。その瞬間、何もこの世に存在していなかったからだ。暗い深淵のような闇の中で輝く針金の上に掲げた自分たちの両の手以外には。

それからしばらくして、やっと我々は目前にあるものの意味するところを考えた。これで、このトンネルに明かりをともすことができる。我々の住む<都>ばかりでなく、世界中の<都>に、明かりをともすことができる。金属と針金以外の何も使わずに。我々は、我らが兄弟たちに、新しい光をもたらすことができる。彼らが知っているどんなものよりも清潔で明るい光だ。空の力は、人間たちの命令どおりに作られることができる。その秘密と、その力には限界がない。もし、我々がその力の秘密を問うことを選べば、その力は、我々にどんな恩恵でももたらすことができるのだ。

それから、我々は自分たちが何をしなければならないか認識した。我々の発見は、あまりに偉大なので、もはや街の清掃をして時間を浪費することはできない。この秘密を、自分たちだけのものにしておいてはいけない。この地下に埋もれたままにしておいてはいけない。我々には、我々だけの時間がもっと必要だ。<学識びとの館>にあるような実験室も必要だ。我らが兄弟の<学識びと>たちの手助けも欲しい。彼らの知恵を我々の知恵に加えたい。我々すべてにとって仕事は山積している。世界のすべての<学識びと>にとって、すべきことがいっぱいある。

一ヶ月もすれば、<学識びと世界協議会>が我々の<都>で集会を開くことになっている。それは大きな<協議会>である。あらゆる地域の賢者たちが、その<協議会>の会員として選ばれる。彼らは、地球上の様々な<都>で、年に一度集まる。我々は、その<協議会>に出かけよう。彼らの目の前に、我々からの贈り物として、空の力がはいったガラスの箱を差し出そう。そして、すべてを彼らに告白しよう。彼らもそれを目にすれば、理解し、我々を赦すだろう。なんとなれば、我々の贈り物は、我々が犯した罪よりも偉大だから。彼らは、それを、きちんと<天職協議会>に説明してくれるだろう。そうなれば、我々は<学識びとの館>に配属されるだろう。こんなことは、前代未聞の事態だ。しかし、我々が人々に提供する贈り物は、未だ誰も手にしたことがないような偉大なものなのだから、それも当然だ。

しかし、我々は待たねばならない。我々のトンネルを守らねばならない。前には守ることはなかったのだが、今は守らねばならない。<学識びと>以外の誰かが、万が一でも我々の秘密を知ったならば、彼らはその重要性や偉大さを理解できないし、我々を信じることもできないだろう。連中には何も見えやしないのだ。ひとりで歩いたという我々の罪以外は何も見えないのだ。彼らは、我々と我々の明かりを破壊するだろう。我々は、自分たちの身のことなどどうでもいいのだが、あの我々が作り出した光だけは・・・

いや、自分たちの身などどうでもいいということはない。生まれて初めて、我々は自身の体が気にかかる。なんとなれば、この針金は、我々の体から裂いた血管のように、我々の血液とともに輝く血管のように、我々の体の一部なのだから、我々は、金属でできたこの糸を誇りに思う。もしくは、それを作ったこの我々の手を誇りに思う。我々が生み出したものと、それを生み出した我々の手との間を分ける線など、あるのだろうか?

我々は両の腕を伸ばす。生まれて初めて、我々は気づく。我々の腕はこんなにも強いものなのだと、気づく。そのとき、ある奇妙な思いが心に浮かぶ。我々はどんな容姿をしているのだろうか?こんな疑問を持つのは、生まれて初めてだ。人間は決して自分の顔など見ないものなのに。兄弟たちに、そんな質問も決してしないものなのに。なぜならば、自分たちの顔や肉体に関心を持つのは、邪悪なことだからだ。しかし、今夜は、我々がどのような姿形をしているのか知りたい。なぜなのか、その理由はわからないのだけれども。